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東京地方裁判所 昭和33年(特わ)355号 判決 1958年12月24日

被告人 大和証券株式会社 右代表者代表取締役社長 福田千里 外三名

主文

被告会社等を各罰金二百万円に処する。

理由

被告会社等はいずれも各肩書地に本店を置き、証券取引法に基く有価証券の売買、引受等に関する証券業務、投資信託における委託会社としての業務、有価証券の引受を前提とする前貸金融通の媒介、有価証券の貸借及び保護預り等に関する業務等を営業目的とする資本金各二十億円の証券業者であるが、

第一、被告大和証券株式会社投資課長黒瀬修一は同会社の業務に関し、同会社が昭和三十二年四月一日から同年十二月三十一日までの間にその業務に関連して顧客である北海道硫黄愛護会外九十八名のために名義人として別紙一覧表(一)記載のとおり、株式会社の配当所得合計三千四百六十六万四千七百六十一円の支払を受けたにも拘らず、所定の昭和三十三年一月三十一日までに右に関する計算書を所轄税務署長に提出しなかつた

第二、被告山一証券株式会社経理部長真田道泰、同部経理課長清水常良は共謀のうえ、同会社の業務に関し、同会社が昭和三十二年四月一日から同年十二月三十一日までの間にその業務に関連して顧客である駒井重次外百七十名のために名義人として別紙一覧表(二)記載のとおり、株式の配当所得合計五千六百四十八万三千八十五円の支払を受けたのに拘らず、所定の昭和三十三年一月三十一日までに右に関する計算書を所轄税務署長に提出しなかつた

第三、被告野村証券株式会社保管受渡部長心得斉田正太郎は同会社の業務に関し、同会社が昭和三十二年四月一日から同年十二月三十一日までの間にその業務に関連して顧客である東京芝浦電気株式会社外八十五名のために名義人として別紙一覧表(三)記載のとおり、株式の配当所得合計二千七百十一万六千七十三円の支払を受けたのに拘らず、所定の昭和三十三年一月三十一日まで右に関する計算書を所轄税務署長に提出しなかつた

第四、被告日興証券株式会社受渡部長塚本正一、同部株式総括課長相田岩雄は共謀のうえ、同会社の業務に関し、同会社が昭和三十三年四月一日から同年十二月三十一日までの間にその業務に関連して顧客である日原幸衛外百四十一名のために名義人として別紙一覧表(四)記載のとおり、株式の配当所得合計六千五百八十六万二千八十二円の支払を受けたのに拘らず、所定の昭和三十三年一月三十一日までに右に関する計算書を所轄税務署長に提出しなかつた

ものである。

(証拠略)

法律に照らすと被告会社等の判示所為は各昭和三十二年法律第二十七号により改正された所得税法第六十一条第二項後段、昭和三十二年大蔵省令第十六号により改正された所得税法施行細則第二十八条の二、第二十九条、同改正省令附則第五項、第六項に違反し所得税法第七十二条第一項により同法第七十条第六号、罰金等臨時措置法第二条に該当するところ、被告会社等の以上の各所為は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十八条第二項により各罪につき定めた罰金の合算額以下において、被告会社等を罰金二百万円に処すべきものとする。

なお弁護人等は本件については収税官吏の調査処分及び国税犯則取締法に基く収税官吏の告発処分のなされたことを認めるに足りる証拠がないのであるが、国税犯則取締法第十二条の二が「収税官吏ハ間接国税以外ノ国税ニ関スル犯則事件ノ調査ニ依リ犯則アリト思料スルトキハ告発ノ手続ヲ為スヘシ」と規定する所以は、租税犯則事件の特殊性に鑑み刑事訴訟法第二百三十九条第二項の規定より更に強い意味、すなわち収税官吏の告発なくしては刑事事件への移行はあり得ないということ、換言すれば告発が訴訟条件であることを明白にした立言形式であると解さなければならない。かく解してこそ訴訟条件であることに異論のない国税犯則取締法第十三条各号、第十七条第二項の通告なくしてなされる告発と第十二条の二の告発とを矛盾なく理解することできるのである。国税犯則取締法はもと間接国税犯則者処分法と称せられ、間接国税の犯則事件についてのみ適用され、間接国税以外の国税の犯則事件については適用がなかつたのであるが、戦後昭和二十三年法律第百七号により現行法の如く改題するとともに、その適用範囲も通告処分に関する規定を除き、間接国税以外の国税に関する犯則事件にまで拡張し、第十二条の二の規定を附加したものであつて、ここにおいて、間接国税以外の国税に関する犯則事件にも間接国税に関する犯則事件に対すると同様に、収税官吏の任意調査処分及び強制調査処分を先行させることを必要とすると同時に、収税官吏の調査結果を闇から闇に葬ることを防止し、その処分の公正を確保する必要上、処分のすべてを検察官に委ねることを妥当であるとしたからである。法の趣旨をかく解すれば、間接国税以外の国税の犯則事件についても、収税官吏の調査処分の先行を必要とし、収税官吏の告発を訴訟条件と解すべきは当然である。然らば収税官吏の告発なくして提起された本件公訴は無効であるから公訴事実の実体について判断をするまでもなく棄却せらるべきであると主張するからこの点について判断するに、なるほど本件について収税官吏の告発があつたと認めるに足る証拠の存しないことは所論の如くであるけれども、仮令本件について収税官吏の告発がなかつたとしても、間接国税以外の国税に関する犯則事件については収税官吏の告発をもつて公訴提起の訴訟条件と解すべきでないことについては、すでに昭和二十八年九月二十四日の最高裁判所第一小法廷の判決の存するところであり、すなわち間接国税以外の国税の犯則事件については国税犯則取締法第十二条の二の規定が存するにとどまり間接国税に関する犯則事件についての同法第十三条乃至第十九条の通告、任意履行等の如き規定は存しないのであるから、収税官吏の告発をもつて公訴提起の訴訟条件と解することはできないのであつて、所論は到底採用することはできない。次に弁護人等は仮りに本件公訴の提起が有効であるとしても本件各被告会社の所為はいずれも単一の犯意に基く一個の罪を構成するに過ぎず、併合罪をもつて論ずべきではないと主張するからこの点について判断するに、昭和三十二年法律第二十七号により改正された所得税法第六十一条第二項は「合同運用信託及び証券投資信託以外の信託の受託者は、命令の定めるところにより、各信託について、計算書を政府に提出しなければならない。業務に関連して他人のために名義人として配当所得の支払を受ける者の当該配当所得についても、また同様とする」と定め、また、昭和三十二年大蔵省令第十六号により改正された所得税法施行細則第二十八条の二は「業務に関連して他人のために名義人として配当所得の支払を受ける者は、法第六十一条第二項後段の規定により、その者がその名義人として配当所得の支払を受ける他の者の各人別に当該配当所得の支払を受けた年の翌年一月三十一日までに、左に掲げる事項を記載した計算書を所轄税務署長に提出しなければならない。一、その者がその名義人として配当所得の支払を受ける他の者の氏名又は名称及び住所又は居所、二、その年中の配当所得の金額の合計額、三、前号に規定する配当所得に係る株式又は出資の種類別、銘柄別の口数及び配当所得の金額その他当該金額の計算の基礎、その他参考となるべき事項」と規定しているのであつて、その立法趣旨の重点とするところは、証券業者が配当所得に対する課税の追求を免れようとする顧客のために、その名義を貸与し、証券業者の名義をもつて配当所得を受領することが広く行われていることに着眼し、証券業者をして顧客のために名義人として配当所得の支払を受けた場合には、一人一人の顧客につき各人別にその氏名、名称、その年中の配当所得の金額の合計額、配当所得に係る株式又は出資の種類別、銘柄別の口数及び配当所得の金額その他当該金額の計算の基礎等を記載した計算書を当該配当所得の支払を受けた年の翌年一月三十一日までに所轄税務署に提出させ、もつて証券業者の名義を借りている、かくれた真実の配当所得の受取人を一人一人明確にして各人に対する徴税を適正にしようとするにあること明らかであつて、それゆえにこそ前記改正後の所得税法施行細則第二十九条別表四によつて定められた計算書の書式も株式等の各所有者一人ごとに作成すべきこととされているのであり、所得税法第六十一条第二項後段は各証券業者が顧客のため名義人として受領した各配当所得の合計額を証券業者別に明らかにしようとすることを目的としたものではないことは、いうまでもないところである。そこで判示の如き計算書不提出という所為が一罪なりや数罪なりやを考えてみるのに、かくの如き場合に犯意の単複、被害法益の単複ということのみをもつてこれを定めることは相当とは認められず、むしろ行為の形態が社会生活上有する個別的意義にこれが標準を求め、刑罰法規の立法の目的に立脚してこれを定めるのが相当であるところ(昭和二十四年五月十八日最高裁判所大法廷判決参照)所得税法第六十一条第二項後段は前叙の如く真実の配当所得の受取人に対する徴税を適正にするために証券業者をして計算書を提出させているのであるから、その窮局の目的は個々の真実の配当所得の受取人を明確にして、これらの者から適正に各別に徴税しようとするにあるのであり、また社会生活上からみても真実の配当所得の受領者ごとに個別性を認めるのが相当であるから、前記法条に違反して計算書を提出しなかつた場合には、各配当所得の受領者一人ごとに一個の犯罪が成立するものと解するのが相当である。しかも本件各被告会社における判示各係員が判示の如き多数人に対する計算書不提出の所為について、それぞれ概括的に犯意のあつたことは、前記引用の証拠により明らかであり、判示多数の配当所得の受取人に対する計算書不提出の犯意は、他面当該配当所得の受取人各個人別にも生じるものと認められるから、各被告会社の判示所為をもつて単一の犯意によるものであるとの所論は到底採用することはできない。また最後に弁護人等はいずれも被告各会社に対し所得税法第六十一条第二項後段による計算書を期限内に提出を求めるが如きは不能を強いるものというべく、これが遵守を期待することはできないと主張するからこの点について考えるのに、なるほど本条は昭和三十二年四月一日から施行されたばかりであり、施行後の行政指導も必ずしも万全とは認め難く、また配当所得者の氏名住所の確定、集計等の事務処理につき各被告会社が困惑した事情も認められないことはないのであるが、被告会社はいずれもわが国における有数の証券業者であり、その設備、機構、従業員の全能力を挙げてもなお期限内に計算書を提出することが不可能であつたとは到底認められないからこの主張もまた採用することはできない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木重光)

(別紙一覧表(一)乃至(四)略)

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